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イノベーションストーリー

研究者インタビュー #2  

広島大学 大学院統合生命科学研究科 教授
広島大学生物生産学部助手、広島大学大学院生物圏科学研究科助教、広島大学准教授を経て現職。ニワトリ幹細胞の基礎研究とゲノム編集技術を融合させたさまざまな研究を展開。
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堀内 浩幸

アレルギー低減卵開発の決め手は、ゲノム編集と発想の転換

卵から卵アレルギーのアレルゲンであるタンパク質、オボムコイドを取り除く。

アレルギー低減卵の研究開発における根幹部分をゲノム編集の技術で成し遂げたのが広島大学教授の堀内浩幸氏です。

ここまでの研究に要した時間は約15年間。長い道のりはまさに紆余曲折。

1つ1つ高い壁を乗り越えて、ようやくオボムコイドを含まない卵を産むニワトリをつくりだしたのでした。

粘り強い研究を支えた堀内氏の想い、アレルギー低減卵の実現を導いた最新の技術、

発想の転換を中心に研究の舞台裏について尋ねました。

次から次へと高い壁が

——アレルギー低減卵を研究することになったきっかけは何だったのでしょうか。

 堀内  ニワトリの研究を続けていく中で、卵アレルギーに悩んでいる人がたくさんいるということに問題意識を持ったのです。私が専門とする学問分野は社会にすぐに役に立つことが求められていますが、卵の中のアレルゲンを減らす、なくすことができたら、患者さんたちの助けになると考えました。

——研究は順調に進みましたか。

 堀内  さまざまな問題があり、その都度、壁にぶつかりました。マウスにならば比較的簡単にできることでも、ニワトリではできないのですね。

例えばマウスならば、皿の中にたくさんの受精卵をつくることが可能で、その受精卵に対してゲノム編集を施せばいいのだそうです。しかし、ニワトリの場合は皿の中で受精卵をつくれません。受精させてから1羽ずつニワトリを解体し、体内から受精卵を採取しなければならないのです。極めて非効率ですし、アニマルウェルフェアの問題も浮上します。

そこで堀内氏は、受精卵を遺伝子改変するのではなく、

ES細胞(胚性幹細胞。動物の全身の細胞をつくり出すことができる)で

遺伝子改変をする研究を始めたのでした。

——ES細胞での遺伝子改変はどのように進みましたか。

 堀内  当初は遺伝子組み換えの手法で研究を進めていました。ただ、この手法だと、外来遺伝子が狙った場所だけでなく、それ以外の場所にも入ってしまうのです。すると細胞にどうしても異常が生じてきます。私たちの手法で遺伝子組み換えを行った場合、90%くらいが異常な細胞になっていました。この問題を解決しないとES細胞での遺伝子改変はできません。そこでいろいろ考えた挙句、たどり着いたのがゲノム編集でした。そのころ、ちょうど山本卓氏(広島大学教授)との再会もあったのです。

ゲノム編集を研究している山本氏とは、山本氏が広島大学理学部の博士課程にいたときに出会いました。その後、互いに職場を変えてからも研究で接点があり、広島大学で再会したのです。

——山本氏との再会は研究の進捗に影響を与えましたか。

 堀内  大きな影響がありました。ゲノム編集は遺伝子が組み換わるのではなく、タンパク質が作用して遺伝子を切り、細胞がもともと持っている作用で変異を起こしていくという仕組みです。山本氏の力を借りて、ゲノム編集を取り入れたところ、遺伝子組み換えをしたときに発生していた異常な細胞は大きく減りました。

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——順調に進んだわけですね。

 堀内  ところが、また別の問題が浮上します。ゲノム編集をしたES細胞が卵子や精子に成長するところまでは確認できたのですが、卵子と精子が受精しないのです。

​——受精しなければアレルギー低減卵を産むニワトリが生まれません。

 堀内  アレルギー低減卵を産むニワトリの遺伝子が次から次へと受け継がれていかないと、社会には貢献できないわけです。そこでES細胞での遺伝子改変を断念し、始原生殖細胞で遺伝子改変を行う方向に転換しました。始原生殖細胞はその名の通り生殖細胞ですから、次の世代に受け継がれていきます。

 始原生殖細胞(PGC=primordial germ cell)とは、精子や卵子のもととなる細胞のことです。卵の中には卵白、卵黄、胚がありますが、成長の過程で、ニワトリ本体になる胚から栄養である卵黄に血管が伸びていきます。この血流中に、ある一定期間、PGCが循環するのです。堀内氏は血流から採取したPGCに対し、ゲノム編集を行う研究を進めました。

―PGCを遺伝子改変する研究は順調だったのですか。

 堀内  これも課題がありました。遺伝子改変を成功させるためにはPGCが多いほうがいいわけです。そこで採取したPGCを培養して増やそうと考えるのですが、全く増えない。先行した研究の論文を読んで、その通りに培養しても増えないのです。試行錯誤を経て、オリジナルの方法で探すしかないという結論に至りました。

——そのオリジナルの方法とは何ですか。

 堀内  増やそうとするのではなく、減らないようにしたのです。採取されたPGCは皿に移すと、どんどん死んでいきます。細胞にとっては異常な環境に移されるわけですから、アポトーシス(プログラム細胞死)が起きているのではないかと考えました。そこでアポトーシスを阻害する低分子阻害剤をPGCの培養に応用することを思いつき、実験したらうまく行ったのです。培養の問題をクリアしてからは順調に進みました。

ゲノム編集技術があったから実現した

——研究はさまざまなハードルを越えていった長い道のりだったのですね。ところでアレルギー低減卵はゲノム編集技術があったからこそ実現できたと言えるのでしょうか。

 堀内  そう言っていいと思います。遺伝子組み換え技術でも途中まではうまく行っていたのですが、それでずっと続けていたならば研究はかなり遅れていたでしょう。

——アレルギー低減卵のゲノム編集では、遺伝子を切る“ハサミ”の役割をするゲノム編集ツールとして、広島大学が特許を持つ「プラチナTALEN」を使っています。プラチナTALENを採用した理由は何ですか。

 堀内  アレルギー低減卵の研究は最初から社会実装を視野に入れていました。その点、他の有力なゲノム編集ツールであるクリスパー・キャス9は特許関係が複雑になっていますし、特許料も高くて社会実装の障害になりかねません。これに対してプラチナTALENは広島大学が特許を持っていますし、ゲノム編集で問題となる「オフターゲット」(標的ではない遺伝子を切り、改変してしまうこと)がほぼないのです。山本氏とも相談して、プラチナTALENで研究を進めることを決めました。実際に、問題となるオフターゲットがないことを研究で明らかにしています。

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自然突然変異よりゲノム編集のほうが安全

——ただ、ゲノム編集に対しては安全性が心配と感じている消費者も少なからずいるはずです。自然突然変異による品種改良と比べて、ゲノム編集の安全性はどのレベルにあるのでしょうか。

 堀内  実は品種改良にも変異が入っています。しかも、さまざまな場所に入っており、どこに入っているのかがわからない状態です。これに対してゲノム編集は、どこに変異を入れるのかが明らかなわけです。その結果を、しっかりと評価することもできます。どちらの安全性が高いかと問われれば、ゲノム編集のほうが高いと断言できます。 そういう意味でも、私たちがやっているアレルゲンの低減という試みは、消費者目線を重要視しています。

——これからの社会におけるゲノム編集の重要性についてはどのように考えていますか。

 堀内  この激変する地球環境に対応していくためには、ゲノム編集が必須だと考えています。地球温暖化やエネルギーの問題、食糧問題など、いずれもゲノム編集の技術がなければ乗り越えることはできないでしょう。

——それだけ重要な技術であるならば、一般消費者に安全性を理解してもらう必要がありますね。

 堀内  ゲノム編集に対しては、なんとなく不安という方が多いのではないでしょうか。生産者に利益が多いもの、例えば除草剤や害虫に耐性があるといった利点のためのゲノム編集には違和感を持つものの、栄養素が高く配合されているのもや、今回のアレルゲン低減であれば理解しやすくなることも多いはずです。そのためにも、まずはゲノム編集そのものや事例について知ってもらうことが大切です。私もこれまで以上にたくさんの情報を発信していこうと思います。
 

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