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アレルギー低減卵の可能性と今後の課題

研究者ディスカッション 

アレルギー低減卵を研究開発するバイオDX産学共創拠点のプロジェクトに参加するメンバーが
オンラインで一堂に会し、研究の手応えや今後の課題、展開について話し合いました。

それぞれが担当する分野は異なりますが、課題や展開についての認識は一致しているようです。
ディスカッションの内容をお伝えします。

参加メンバー

ゲノム編集の利用法が一段階上がった

——まず、プロジェクトについて、これまでの手応えはいかがですか。

  山本氏  バイオDX産学共創拠点では、ゲノム編集とDXの両輪を動かすことで、バイオエコノミー社会を実現しようという取り組みを行っているのですが、アレルギー問題を解決するというゴールを明確に示したプロジェクトを推進し、アレルギー低減卵を産むニワトリを作成できるところまでたどり着いたということには重要な意味があると思います。確かな手応えを感じています。

  児玉氏    まず卵が本当にできたというところが一つ大きな成果だと思います。研究当初は、オボムコイドを抜いてニワトリが孵化するのか、通常の卵と同じ物性の卵になるのかと懸念されたわけですが、実際にオボムコイドを全く含まずに通常の卵とほぼ同じ物性の卵ができたということがまず重要です。

  堀内氏   これまでゲノム編集食品というと、GABAを多く含むトマトなど、栄養面の機能を改善したものや見た目を改良したものなど商品性を高めるものでした。しかし、今回はアレルギーという疾病が絡む食品となります。それゆえゲノム編集の利用の仕方が一段階上がったことになると捉えています。スタートアップ研究の事例としてインパクトがあり、今後さまざまな食品に波及していくと期待しています。

  海老澤氏   卵アレルギーは日本では最も多い食物アレルギーで、0歳で発症し、その時点の有症率が約10%に達します。年間80万人の子どもが生まれると、8万人の子どもが卵アレルギーを持っていることになります。そして卵アレルギーの大きな問題の1つは、患者さん本人だけでなく家族ら周囲の人たちの生活の質も下げてしまうことです。そういった状況で、このアレルギー低減卵が本当に効果的であるならば、患者さんやその家族にとっては大きな福音になることでしょう。世界的にも大きなインパクトがあると思われます。

  白男川氏   アレルギーを持つお子さんの周りには、家族やコミュニティなど多くの方がいらっしゃって、皆さんが食事栄養面だけでなく、精神的な部分でも気遣いされています。アレルギー低減卵を正しい形で提供し、お子さんが食べられるようになれば、周りにいる方たちの生活の質を上げることにもなります。この意味で非常に意義があると考えています。

——みなさん、手応えを感じているようですね。しかし、このアレルギー低減卵が卵アレルギーの患者さんにとって本当に効果があるのかどうかという点については、これから研究していくことですよね。

  海老澤氏   そうです。卵アレルギーの患者さんにどれくらい効果があるのかということを確かめるために、まずは免疫的な反応性を患者さんの保存血清を用いて調べることから始めています。そして次の段階として、臨床的な試験を行うのがこのプロジェクトの最終的なアウトプットになるのかなと考えています。きちんとしたデータを出して、患者さんに納得してもらうことが重要です。それを達成できれば実のあるプロジェックトだったと言えることになるのではないでしょうか。

安全と安心をいかに担保するかが鍵

——今後の課題についてはどのように考えていますか。

  堀内氏   アレルギー低減卵は、疾病に関わる卵ですから、慎重に扱っていく必要があります。卵アレルギーといっても、いろんなタンパク質に対するアレルギーがあります。どんな卵アレルギーの人でも食べて大丈夫ということにはなりません。オボムコイド以外のアレルゲンは熱変性を加えると失活しますが、例えば半熟卵だったらどうなるのかとか、そういったところまでデータを押さえておく必要があります。社会実装していくためには科学的な情報を一般消費者にもわかるような形で提供をしていかなければなりません。食品でゲノム編集を行っていることの意味を消費者の皆さんに十分理解していただけるよう、きめ細かな情報提供をしていくことが私たちの使命だと考えています。

  海老澤氏   卵アレルギーの患者さんといっても、症状の軽い方から重い方までいらっしゃいますので、どういう方にとってのメリットがあるのかというところまで、きちんと示していく必要があります。あたかもこれですべてが解決するみたいな話になってしまうと過剰な期待となり、その逆として、失望にもつながりかねません。

  児玉氏   安全だけではなく、安心にどう向き合っていくのかということも大きなテーマになるかと思います。ゲノム編集は遺伝子組み換えとは違うと言っても、ゲノム編集という言葉自体に不安を覚える方もまだいらっしゃるでしょう。科学的に安全だということを理解いただけたとしても、それで安心だと感じるかというと違うと思います。安心感を醸成するためのコミュニケーションが大切になってきます。

  山本氏   社会実装のためには、さまざまなステークホルダーの方との議論が必ず必要になってきます。ゲノム編集でつくられた食品の安全性について、科学的なデータをベースに議論していく、その過程こそが重要になってくるのではないでしょうか。遺伝子組み換えでは、そういった議論や説明が十分にできていなかったために、さまざまな誤解につながったという側面があります。失敗を繰り返さないためにも誠実に説明していく姿勢が重要です。

  海老澤氏   いずれにしても、プロジェクトのメンバーがしっかりと連動していくことが重要ではないでしょうか。

  白男川氏   別の観点から申し上げますと、こういう社会的意義の高い商品を社会実装するには、継続していくという覚悟を持って行わなければならないと思っています。お客さまが納得できる価格で提供する必要がありますし、その一方でビジネスとしても成功する事業にしていかねばなりません。そうでなければ継続しませんから。このプロジェクトでは既に卵ができたというブレイクスルーがあったわけですが、社会実装を考えると、まだまだスタート段階にようやく立てたという状況かなと見ています。

バイオエコノミー社会実現への道

——アレルギー低減卵の誕生で、バイオエコノミー社会の実現は加速するのでしょうか。

  山本氏   今、ゲノム編集が注目されていますけれども、一般的には、ゲノム編集と遺伝子組み換えの違いもまだ理解されていない現実があります。そんな中、アレルギー問題という社会需要の高い領域で、ゲノム編集だからこそつくれた価値あるものを提供できる可能性が高まりました。このインパクトは非常に大きいと思います。今後はこの事例を追って、例えば気候変動に強い農作物をゲノム編集によって育種するとか、または治療の分野などで新たな試みが続いていくのではないでしょうか。そんな将来像を描いています。

  児玉氏   さまざまな領域に広がっていくことも考えられますが、アレルギー低減卵自体が使われる場所も広がっていくのではないでしょうか。卵は食品に限らず、さまざまな場所に使われています。このアレルギー低減卵がどう使えるか、通常の卵と比べてどう違うのかという機能面の情報を提供していくことも重要で、物性試験や加工適性試験を担当しているキユーピーが積極的にその役割を果たしていきたいと考えています。

  堀内氏   私はニワトリの研究をずっと続けていますが、ニワトリは豚や牛と比べて宗教的な制約の少ない食材なんです。そしてその卵は食べていない国がないくらいの食材です。世界的に市場の大きい分野であることがポイントで、そこに新たな価値を提供できるということに大きな意味があると思います。アレルギー低減卵は、その市場における1つの応用例です。これをきっかけにして、いろいろ品種改良に発展させていければいいなと感じています。

——いろいろな品種改良にということですが、可能性は高いですか。

  堀内氏   例えばアレルゲン除去がどのような食品でも可能かというと難しい面はあります。今回のオボムコイドは除去しても、卵の物性にほぼ変化がありませんでした。では、牛乳や小麦のアレルゲンを取り除いて、物性に変わりがないかというと、そうではないでしょう。そういう意味でオボムコイドの除去には幸運な面があったのも事実です。今後、他の食品に応用する際は、今回のような1カ所にターゲットを絞ったゲノム編集では対応できない可能性があり、ゲノム編集の複数の技術を応用することが考えられます。技術的にはもうできるはずです。そういう研究が私たちの研究をきっかけにして、広がっていけばいいなと考えています。

  山本氏   ゲノム編集では遺伝子を切ることで変異を加えるわけですが、切らないで改変するという技術も使えるようになりつつあります。そういった技術を組み合わせていけば可能性は広がりますね。

  児玉氏   技術面での可能性は広がっていますが、ゲノム編集に対する安心感を持っていただくために世の中とのコミュニケーションをしっかり取っていくことが、結果としてバイオエコノミー社会を実現していくのだと思います。ゲノム編集に対する理解が進むことで、バイオエコノミー社会も加速していくのではないでしょうか。

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