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研究者インタビュー #3  

イノベーションストーリー

海老澤 元宏 氏

相模原病院臨床研究センター センター長
海老澤元宏/国立病院機構相模原病院臨床研究センター センター長・一般社団法人日本アレルギー学会理事長

国立小児病院アレルギー科医員、国立相模原病院小児科医員、同医長、同臨床研究センター病態総合研究部長、同アレルギー性疾患研究部長などを経て現職。世界アレルギー機構(WAO)理事長も務めた。
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アレルギー低減卵は卵アレルギー患者にとっての福音

ゲノム編集技術によって生まれたアレルギー低減卵を、

卵アレルギーを持つ人が食べて本当に大丈夫なのか。

プロジェクトの中でこの重要なポイントを確認する研究を行っているのが、国立病院機構相模原病院臨床研究センター センター長の海老澤元宏氏です。診療を通じて食物アレルギー患者を救うだけでなく、その周囲の人の負担も減らし、世の中からアレルギーに関連した事故をなくすべく、医療や社会の仕組みづくりに尽力してきた海老澤氏。

アレルギー低減卵の可能性をどう見ているのでしょうか。

医学的な検証は2段階で実施

——まず、具体的にどのような研究を行っているのか教えてください。

 海老澤  食物アレルギーは体内のIgE抗体がアレルゲンに反応することで発症します。卵アレルギーの方は、オボムコイドやオボアルブミンといった卵白のアレルゲンに反応するIgE抗体を持っているのです。そこでアレルギー低減卵と、アレルギー患者さんの保存血清を使って、IgEの反応性を調べます。今回の卵はオボムコイドが含まれていないことは確認されていますが、本当に患者さんの血清との反応性が抑えられるのかどうかを検証するのです。これが第一段階。

——第二段階は何ですか。

 海老澤 ​ 次の段階は、本当に患者さんが摂取して大丈夫かどうかを検証する研究です。倫理面に関する研究の申請を行ったうえで、患者さんから同意をいただき、食物経口負荷試験(アレルギーが確定しているか疑われる食物を単回または複数回に分割して摂取させ、症状の有無を確認する検査)を行っていきます。

——このプロジェクトに参加するきっかけは何だったのでしょうか。

 海老澤  キユーピーの研究所とは1993年から食物経口負荷試験をめぐって一緒に仕事をしてきました。2000年頃に、私は約30施設からなる食物経口負荷試験ネットワークを全国に構築し、データの蓄積を始めたのですが、それもキユーピーの協力を得て行ったものです。そんな経緯もあって、今回のプロジェクトのお話をいただきました。

——プロジェクトの話を聞いたときに、どのような感想を持ちましたか。

 海老澤  大変夢のある話だと思いました。遺伝子組み換えであると、日本ではなかなか受け入れられなかったりしますが、今回のアレルギー低減卵はゲノム編集技術で作出されたものであり、遺伝子組み換えではありません。自然界でも発生している仕組みで作ることで、一般の方にも受け入れられるのであれば素晴らしいなと。アレルギーは本人にとってはもちろん、家族にとっても負担が大きいものなので、この卵ができて、お子様たちに受け入れられるようになったなら良いなと感じましたね。

——実際、卵アレルギーの人はどれくらいいるのでしょうか。

 海老澤  卵アレルギーは日本で最も多い食物アレルギーです。これは加熱した卵に対するアレルギーのデータですが、0歳のときに発症して、その時点で有症率は約10%。その後、3歳くらいになると5%程度になり、小学校に入学する頃には2%程度になります。年齢ごとの比率はこのところほぼ変わっていません。ただ繰り返しますが、この数字は加熱した卵に対するデータなので、生卵が対象になると、もっと数値は上がると予想されます。
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患者だけでなく家族の生活の質も低下

——先ほど、食物アレルギーは本人にとってはもちろん、家族にとっても負担が大きいという話がありました。

 海老澤  問題の1つは、食物アレルギーによって、生活の質が著しく下がってしまうことなのです。家族で外食に行けない、宿泊旅行に行けない、本人は幼いときから友達とおやつの交換ができないとか、さまざまなハンディキャップを背負っていくことになります。

生きるために必要な「食べる」という日常の行為を通じてアレルギーが起こるのですから、これほど恐ろしいことはないわけです。初めての赤ちゃんに離乳食を与えたら、赤ちゃんがアナフィラキシーを起こしたという経験をして、トラウマを抱えてしまったという保護者の方もたくさんいます。

しかし、残念なことにこういう問題があることを理解していない人が多いんですね。子どもを取り巻く環境にいる人たちが、食物アレルギーのことを正しく理解して、子どもたちを守っていくということが必要になっています。
 

——アレルギーに対する取り組みをご自身のミッションとして捉えるようになったきっかけなどはあったのでしょうか。

 海老澤  食物アレルギーで困っている人、不幸になっている人が目の前にたくさんいる。この人たちを何とか助けてあげたいと感じたからですね。

こういう思いから海老澤氏は、病院での診療や研究だけでなく、社会全体を変えていく取り組みを続けてきました。

その一部を紹介しますと、日本では世界に先駆け、2002年から加工食品にアレルギー表示が義務付けられましたが、これを主導したのが海老澤氏です。

2006年には食物経口負荷試験の診療報酬化を実現。以降、全国の医師に負荷試験のやり方を教え、
キユーピーと共同して負荷試験食を無償配布するなどの活動を続け、食物経口負荷試験を日本に定着させました。

これら以外にも、学校のアレルギー対策、保育所のアレルギー対策に取り組み、
アナフィラキシーの補助治療薬「エピペン」の日本への導入でも大きな役割を果たしています。
いずれも食物アレルギーに対する周囲の無理解という壁を粘り強い説得で乗り越え、実現したものでした。

患者やその家族にとっての明るいニュース

——患者やその家族の負担を減らすために数多くの取り組みをしてきた経験から、アレルギー低減卵の可能性をどのように見ていますか。改めて伺います。

 海老  今回の卵はオボムコイドをなくしたものになりますが、オボムコイドは他のアレルゲンの1つであるオボアルブミンと比べて卵に含まれる量は少ないのに、アレルギーを引き起こす力が強いという特徴があります。このオボムコイドの除去が有効かどうかはこれから検証していくことですが、有効であることが証明された暁には、卵アレルギーを持っている患者さんにとって非常に明るいニュースになるのではないでしょうか。患者さんやその家族にとっては福音になりますね。

これまで数多くの共同研究に参加し、現在、他のプロジェクトにも参加していますが、アレルギーに関連する食物そのものを改変したというケースはありませんでした。そういう意味では画期的なプロジェクトだと考えています。
 

——卵アレルギーに悩む本人や家族への大きな助けになるといいですね。

今後、卵に限らず食物アレルギーの問題に対してどのように取り組んでいくのか、教えてください。

 海老澤  食物アレルギーをめぐっては課題が山積しています。治りにくい食物アレルギーの患者さんは一定数いて、そういう方々に対して経口免疫療法というアプローチをしていますが、まだ一般診療にすることができていません。

また生物学的製剤という、アトピー性皮膚炎や喘息などアレルギーの他の領域では使われ始めている非常に高価な薬があり、食物アレルギーに対しても臨床試験をやっているところですが、何とかして新薬を食物アレルギーの領域にも取り入れたいと考えています。

社会的な領域では、外食産業や宿泊業におけるアレルギー対策も進めていかねばなりません。やっていくべきことはたくさんあります。

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