研究者インタビュー #4
イノベーションストーリー
白男川 太一氏
児玉 大介氏
キユーピー研究開発本部 技術ソリューション研究所 機能素材研究部部長
キユーピー研究開発本部技術ソリューション研究所機能素材研究部チームリーダー
アレルギー低減卵は味も機能も通常の卵と同じ
アレルギー低減卵を研究開発するプロジェクトにおいて、
ゲノム編集によりオボムコイド遺伝子がノックアウトされたニワトリが産んだ卵の物性試験を担当しているのが、
キユーピーグループの研究者たちです。
通常の卵と比べて風味はどうか、卵本来の機能をちゃんと持っているか……。
卵を知り尽くした研究者たちの評価は、「通常の卵と同じように、調理・製菓適性を有する卵である」。
これは研究が順調に進んでいることを示しています。
さて、キユーピーの研究者たちはどのような思いでプロジェクトを進めているのでしょうか。
将来にどんなビジョンを描いているのでしょうか。
食のバリアフリーではなく、ユニバーサル
——まず、どんな思いでこのプロジェクトを進めているのか聞かせてください。
児玉 キユーピーグループは国内鶏卵生産量の約1割を扱っており、長期ビジョンである「キユーピーグループ2030ビジョン」でも、「サラダとタマゴのリーディングカンパニー」を目指すことを掲げています。また、2030ビジョンには「子どもの笑顔のサポーター」という視点も掲げており、アレルギー低減卵のプロジェクトはそれらに紐づくものです。
卵は栄養が豊富で健康価値の高い食材ではあるのですが、一方でアレルギーの問題があって食べられないという方も一定数いらっしゃいます。そういった方に向けて、アレルギー低減卵が食の選択肢を広げる役割を果たせればという思いで取り組んでいます。
キユーピーグループでは、「めざす姿」として、「私たちは『おいしさ・やさしさ・ユニークさ』をもって、世界の食と健康に貢献するグループをめざします」とメッセージを発信しています。アレルギー低減卵の取り組みは、まさに「卵をおいしく、やさしく、ユニークなやり方でお届けしていこう」というプロジェクトなのです。
白男川 食のバリアフリーではなく、食のユニバーサルだと考えています。バリアフリーが一部をケアするのに対して、ユニバーサルはあらゆる方々に等しくという意味だと捉えています。卵アレルギーの人でも食べられるアレルギー低減卵はまさにユニバーサルだと考えています。
これまで「HOBOTAMA」というプラントベースの代替卵にも取り組んでいますが、プラントベースの技術開発をすればするほど、卵のおいしさや機能など、卵のポテンシャルを改めて感じるのです。それなのにアレルギーで卵を食べられない方がいらっしゃる。グループではベビーフードの事業もしていますが、その経験からお子さん一人がアレルギーを持っていると、家族全員がその食材を控えるという傾向があることも分かっています。
アレルギー低減卵によって、患者さんだけでなく、そのご家族も食べられるようになってほしいという願いからプロジェクトを進めているのです。
ゲノム編集への期待から広島大学と共同研究へ
——このプロジェクトに参加することになったきっかけは何ですか。
児玉 キユーピーグループでは卵アレルギーという課題に長年向き合ってきました。その間、2010年代の初めにゲノム編集という技術が登場し、大いなる可能性を感じました。なぜなら、ゲノム編集技術の最大の特徴は、遺伝子組み換えではなく、自然界で起こりえる変異を狙って起こすことができる技術だからです。私は大学で遺伝子工学を学んでいましたから、「この技術で卵アレルギーの課題を解決できるのではないか」と考えたんですね。そしていろいろ調べたところ、広島大学が最も先進的な研究を進めていることがわかりました。技術レベルが高く、実現性が高いと判断し、共同研究を申し込んだのです。
——研究は順調に進んだのですか。
児玉 まずは、鶏卵の主要なアレルゲンである「オボムコイド」をターゲットとし、オボムコイド遺伝子のみ狙って働きを止めるためのツールの設計を行う必要があるのですが、その段階から苦労されたと堀内先生から伺っています。世の中にはCRISPRという汎用性の高いゲノム編集ツールがあるのですが、オフターゲットといって、狙った遺伝子以外に予期せぬ変異が入る問題などが懸念されました。そこで、今回山本先生のご協力もいただきながら、プラチナTALENという独自のゲノム編集ツールを活用し、オフターゲットのリスクを回避しながらオボムコイド遺伝子のみを狙って働きを止めることに成功しています。ゲノム編集ツールが出来てからも、実際にニワトリや卵が産まれるまでには、広島大学では大変な苦労をされています。そんな苦労の末、オボムコイドを含まない卵の作出に2年ほど前に成功しています。
——卵ができたときの感想はいかがでしたか。
児玉 本研究にはさまざまなハードルが想定されていました。例えば、オボムコイドを含まない卵から次の世代のニワトリが産まれるのか?安定して長期間産卵するのかなどです。それらの課題を乗り越え、完全にオボムコイドを含まない卵ができた時には、ついにここまで来たかと思いました。
——食べましたか。
児玉 はい、企業の責任の範囲内で喫食しています。通常の卵とほぼ変わらないという感想でした。
——キユーピーはアレルギー低減卵の物性試験・加工適性評価を担当しているということですが、改めてこれまでの評価はどうですか。
児玉 通常の卵とほぼ同じようにお使いいただけます。風味も色も栄養価も、熱で固まる、泡立つ、油と水を混ぜる(乳化)という卵の持つ3つの物性機能もほぼ同じであることを確認しています。
白男川 ケーキを焼くために泡立てることも、出汁と混ぜて茶碗蒸しもできます。卵の価値を世の中に広めていくのが我々の責務だと考えていますので、本来の卵と同じかどうかは厳しくチェックしていきます。
「卵の価値」という言葉を研究者は強調しました。
児玉氏によると、他のタンパク質源と比べた場合の卵の優位性は、タンパク質の良質さにあるということです。アミノ酸スコアや体内利用効率など、
さまざまな指標で卵は他の食材を上回っています。
また糖質がほぼ入っていないため、純粋にタンパク質を取りたい人に適しているということでした。
白男川 丁寧に扱えば卵はすごく賞味期限が続くため、保存面でも優れています。
児玉 冬場なら産卵後57日以内とされています。
加熱して商品を提供する可能性
————まだ先の話ではありますが、どのような形で商品を提供することになるのでしょうか。消費者としては気になるところだと思います。
児玉 今回のアレルギー低減卵には、オボムコイドは含まれていませんが、他のアレルゲンとなるタンパク質は含まれています。完全にアレルギーフリーではありません。ただ、オボムコイド以外のアレルゲンは加熱すると大幅に低減することがわかっていますので、商品を提供する際、基本的には加熱が必要だと考えています。スーパーで販売しているような生タマゴのパックは難しいでしょう。加熱処理して、オボムコイドが含まれていないこと、他のアレルゲンが低下していることを確認してお届けするという形になるだろうと想像しています。
————今後に向けて課題は何ですか。
児玉 やはり、ゲノム編集に対する消費者の理解をいかに獲得するかということだと思います。安全だけでなく、安心をどう担保するか。そのためには、すべての情報を正確に伝えていくことが大事になると考えています。価値を認めてくれる方を少しずつ増やしていくという地道な活動が必要でしょう。
白男川 また、こういうプロジェクトを進めるにあたっては、将来、商品の提供が実現したときに、その後も継続していく必要があると考えています。消費者を失望させるようなことをしてはいけません。継続することは我々の責務です。その意味ではバリューとコストの関係も、将来的にしっかり考えていかねばなりません。
——アレルギー低減卵への期待を聞かせてください。
児玉 食卓だけでなく、卵はさまざまなシーンで使われています。インフルエンザのワクチンにも使われていますし、チョークにも使われています。アレルギー低減卵を使う場所が増えれば、人々の心配も減っていくでしょう。そのためには国を含め、あらゆるところと協力していきたいと考えています。
白男川 アレルギー低減卵は非常に意義の高いものです。安全性の担保や安心感の提供といった課題にしっかり向き合うことができ、思いを共有できるパートナーと価値を広めていきたいですね。