イノベーションストーリー
研究者インタビュー #1
山本 卓 氏
広島大学ゲノム編集イノベーションセンター センター長・教授
一般社団法人バイオDX推進機構代表理事
プラチナバイオ取締役CTO
熊本大学理学部助手、広島大学大学院理学研究科助教授などを経て現職。ゲノム編集ツールと遺伝子改変技術の開発、産業利用目指した研究を展開。2018、2019年にゲノム編集学会会長を務めた。
アレルギー低減卵がバイオエコノミー社会の実現を加速
ゲノム編集の効率化にはデジタル技術が必須
アレルギー低減卵の研究開発は、
広島大学が代表機関となる「Bio-Digital Transformation(バイオDX)産学共創拠点」のプロジェクトの1つです。
バイオDX産学共創拠点は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進する「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の「本格型」に採択されており、JSTから多額の資金を受けて運営されています。
この拠点のプロジェクトリーダーを務めているのが、広島大学教授の山本卓氏です。
ゲノム編集研究の第一人者であり、
バイオテクノロジーが広範な産業基盤を支えるバイオエコノミー社会の実現に向けて数々の取り組みを行う山本氏は、
アレルギー低減卵の研究開発が社会に与えるインパクトをどのように捉えているのでしょうか。
ゲノム編集の効率化にはデジタル技術が必須
——まず、バイオDX産学共創拠点の狙いについて教えてください。
山本 バイオDX産学共創拠点は、バイオDXを推進することによって、“誰ひとり取り残さず”持続的な発展を可能とする「バイオエコノミー」社会の実現を目指しています。ゲノム編集技術と、遺伝子情報の解読・解析を行うデジタル技術の両輪を動かすことで、生物の持つ機能を最大限に引き出し、食・健康・エネルギーなど人類が直面する課題を解決しようとしているのです。
——ゲノム編集とDXを組み合わせていることがポイントですね。
山本 実は地球上のほとんどの生物はゲノム情報が明らかになっていません。ゲノム編集の技術でこんなものをつくりたいと考えても、その生物のゲノム情報を解読することから始めなければならないのです。これを効率的に進めるためには、AIなどのデジタル技術による自動化が必須となってきます。
——ゲノム編集の研究現場におけるDXの進捗状況はいかがですか。
山本 残念ながら日本は遅れています。ただ、DXには多額の資金も必要で、資金不足という側面もあります。そんな状況の中、バイオDX産学共創拠点はJSTの支援を受けながら、ゲノム編集研究のDX化を精力的に進めているのです。
社会ニーズと技術をマッチングさせる場
——基本的なことですが、バイオエコノミー社会を実現するには研究開発の拠点が必要ということですか。
山本 最終的な出口が別になるとしても、同じ技術を応用できるならば、企業や大学が集まって一緒に開発したほうが効率的です。またバイオエコノミー社会を実現していくためには、まずどんな社会ニーズがあるかを考え、そのためにどんな素材や技術が必要かと考えて研究開発を進めていくバックキャストのイノベーションが必要ですが、バイオDX産学共創拠点は社会ニーズと応用技術、基礎研究をバックキャスティング的にマッチングさせる場でもあるわけです。
——まさにオープンイノベーションですね。
山本 ゲノム編集の研究はオープンイノベーションに適していますね。ただ、オープンイノベーションとは言っても、世界の技術開発者はその知的財産をしっかりと押さえています。技術をオープンにし、使ってもらうことでデファクトスタンダード化を狙っているのです。ビジネスでの成功を明確に視野に入れています。企業がその技術を使って、ものをつくるとなると、莫大なライセンス料がかかるというのが世界的には一般的です。
——ビジネスでの成功を目指しているという点で、日本のゲノム編集研究はどのような状況ですか。
山本 海外と比べると、周回遅れとなっているのが現実ですね。このままだとスタンダードを全部海外勢に取られてしまい、日本はバイオエコノミーの市場を押さえられなくなってしまいます。ビジネスとして成功するには、日本が勝ちに行ける領域をピンポイントで見いだし、日本の技術で取っていくことが求められます。その際、使用料の高い技術ではなく、広島大学が特許を持っているプラチナTALENのような、みんなが使いやすい技術を使うこともポイントになるでしょう。
アレルギー低減卵は「どうしても欲しい物」
——そんな状況の中でのアレルギー低減卵の研究開発が進められています。この意義をどのように見ていますか。
山本 日本の技術であるプラチナTALENを使った研究によって多くの人が悩む卵アレルギーの問題を解決するということには非常に高い意義があると評価しています。バイオエコノミー社会の実現を加速化するきっかけになるのではないでしょうか。世の中の人が「どうしても欲しいんだ」というものをつくらないと、ゲノム編集に対する社会需要は高まらないと思うのですが、アレルギー低減卵はまさに「どうしても欲しいもの」です。社会需要の1つとして、うまくアピールしていく必要があります。
——一方で、依然としてゲノム編集を不安視する人たちもいます。
山本 そうですね。実は放射線をわざわざ当てて自然突然変異を起こす「突然変異育種」だと、1カ所だけを狙って変異を入れることは不可能で、何百カ所、何千カ所に変異が入ってしまいます。そのうちの1つの変異だけを評価して品種改良を進めているのが現実なのです。これに対してゲノム編集は1カ所を狙って変異を入れることができます。科学的に見ればゲノム編集の方が安全です。開発方法や安全性について、きちんと説明していくことが非常に大切になります。みなさんとの密な対話が必要ですね。
——アレルギー低減卵以外にも研究は進められているんですよね。
山本 アレルギー低減卵は「バイオDXによる健康福祉の増進」がテーマになっていますが、他にも「食料問題を解決するフード&アグリテック」と「カーボンゼロを推進するバイオものづくり」をテーマに研究が進められています。
具体的には、「データ駆動型ゲノム育種」による品種改良の超高速化や微生物でCO2の吸収や
有用物質の生産をするバイオものづくりなどが研究されているそうです。
研究には広島大学の研究者や東京工業大学生命理工学院の研究者が参加しています。
また、ゲノム編集を社会実装していくためのスタートアップとして、プラチナバイオも設立されています。
ゲノム編集ツールの開発や、データ解析・AIゲノム編集データベースの提供、ゲノム編集の社会実装に向けたコンサルティングなどを行っており、山本氏はそのCTOでもあります。
またプラチナバイオの代表取締役CEOである奥原啓輔氏は、
バイオDX産学共創拠点の副プロジェクトリーダーです。
——ゲノム編集学会を設立するなど、これまで日本のゲノム編集研究をけん引してきたわけですが、バイオDX産学共創拠点が社会にどのような役割を果たすと考えていますか。
山本 日本の産業界も元気がなくなっていて、日本社会も縮小していく傾向にあるのですが、ゲノム編集技術とDXを融合させて商品開発を進めていけば産業界浮上のきっかけになると考えています。バイオDX産学共創拠点を日本の産業界のイノベーションの場としていきたいですね。広島を拠点にバイオエコノミー社会を実現し、社会全体にいい影響を与えていきたいです。
——最後に、バイオDX産学共創拠点をきっかけにして、どのようなことを夢見ているのかを伺いたいです。
山本 そうですね。実は放射線をわざわざ当てて自然突然変異を起こす「突然変異育種」だと、1カ所だけを狙って変異を入れることは不可能で、何百カ所、何千カ所に変異が入ってしまいます。そのうちの1つの変異だけを評価して品種改良を進めているのが現実なのです。これに対してゲノム編集は1カ所を狙って変異を入れることができます。科学的に見ればゲノム編集の方が安全です。開発方法や安全性について、きちんと説明していくことが非常に大切になります。みなさんとの密な対話が必要ですね。
——アレルギー低減卵以外にも研究は進められているんですよね。
山本 まずは、自分たちが開発した技術で少しでも皆さんのお役に立ててればと思います。あとは、広島に育ててもらったということもあるので、広島になにか恩返しができればと。とくにこれから過疎が進行していきそうな地域のなかで、地域貢献になるようなものを作っていきたいですね。